タバコをやめられない、愛煙奇縁

初めてタバコを吸ったのは23歳。知り合いのダンサーが、クラブで行われるショーケースに出演するとのことだったので、遅い時間に京都に到着した日。クラブはいわゆる『チャラ箱』と言われるものではなく、なんかガチなダンサー、ガチなDJが集まっていて、ものすごい熱気だった。そのダンサー以外に知り合いもおらず、すごく格好いいダンスと、すごく格好いいDJを1人で黙々と見ていた。すみません、語彙力死んでます。

 

詳細な記憶はないのだが、ショーケースも終わり、みんなで好き勝手飲んで騒ぐ時間になった時、僕はけっこう酔っ払っていた。終電なんてもちろんない。ガチなダンサーは夜通し踊る。たしか4時まではいたかな。クラブを出て、最寄りの出町柳駅から自宅がある神戸までの電車を調べたが、もちろんその時間に始発なんて走っていない。

 

当時は大学生、金の余裕なんてなく、ホテルに泊まる選択肢は取れない。そこで僕が選んだのは、『とにかくJR京都駅を目指す』こと。お酒と慣れないクラブでの横揺れにやられ満身創痍となった僕は、フラフラと明け方の京都を歩いた。そこで記憶がシャットダウン。

 

起きたら家にいた。そしてテーブルにはなぜか身に覚えのないアメリカンスピリット(黄色)の新品の箱が。医者家系に生まれ、親から喫煙のリスクを延々と聞かされ育った僕は、もちろんタバコなんて吸ったことがない。

 

喫煙者の友人に譲ろうと思ったが、ものは試しだと思い、近所のコンビニにライターを買いに行き、家のベランダで吸ってみた。くっそ不味い。むせる。なんだこれ。記憶のない僕は、なぜそんな奇行に走ったのか全く理解できない。これが僕の初タバコ。年齢にして22歳。

 

そこから1年後。本格的に喫煙者となった。大学を留年してしまい、教室にいたら周りのキラキラ現役大学生に目をやられ、頻繁に留年生や院生が溜まる喫煙所に行くようになっていた。最初は周りがぷかぷか煙を吐き出しているのを見ながら、「留年ってある意味勝ち組だよな」という今となっては全く意味のわからない会話を友人としていた。そしてその時はやってくるのです。

 

「タバコ吸ってみる?」

 

その時に渡されたのは、1年前に吸ったアメリカンスピリット。タールの量が少し低く、メンソールのものだった。たまにはいいかと思い、吸ってみたら意外と吸えた。美味しい。そこから僕の人生に、アメスピメンソールONEが加わりました。

 

当時付き合っていた彼女はタバコを毛嫌いしていて、付き合って3年目に入る彼氏がいきなり喫煙者になったことをひどく悲しんでいた。案の定、関係性が悪くなり、もちろん他に要因がいろいろあったが、見事に破局。タバコは人生を狂わせる、明らかな他責思考だが、当時の僕はそう思った。

 

基本1日に吸うのは10本前後とヘビースモーカーの先輩方からしたら全然な喫煙量の愛煙家。ただこんな僕にも、毎日1箱、20本以上を吸っていた時期が2回あった。1回目は大学6年時。そうです、2回留年したんです。特に2度目の留年の1年は、今まで心の支えだった友人たちが神戸を離れ、自分の人生をなかなか前に進められないストレスからか自暴自棄になり、三宮に出ては遅い時間まで酒を飲む毎日。その時のお供がタバコ。前世で肝臓と肺に何か嫌なことをされたのかと思うくらい徹底的に2つの内臓を痛めつけていた。

 

そして2回目。大学を卒業後、実は3ヶ月だけサラリーマンをしていたことがあって、その時も吸った吸った。通勤、定時、目標管理、固定デスク、全てが合わずストレスにまみれていた僕は、『1時間半に1本』という会社の喫煙ルールを無視し、1時間に2本地下の喫煙ルームでタバコを吸っていた。結局会社勤めが合わずその後フリーランスになったのだが、当時の1日1箱の喫煙習慣はなんとか自分を保ってくれていた。2つとも今となってはいい思い出です。

 

周りからはよく「禁煙の波に逆行している、早く辞めな」と勧められる。世間の流れに逆らっていること自体は特に物事を辞める理由にはならないんだけど、たしかに2日に1回500円近く使ったり、時々身体がだるくなったり、タバコを吸うデメリットを挙げだしたらキリがない。タバコを辞めた後の未来に想いを馳せると、とても魅力に感じてしまうことが多々ある。その度に、周囲に禁煙することを宣言し、手持ちの紙タバコを全部ゴミ箱に捨て、アイコスやVAPEを購入し無理やり自分の人生からまずはタールを失くす行動に移る。でも毎回失敗する。習慣というものは恐ろしい。

 

吸う理由なんてない。本当に、なんとなくだ。心の底から「うめ〜〜」と叫びたくなるようなタバコは週に数本しかない。強いて理由を言うと、その数本に出会いたいから、なのかな。ちなみにこれは喫煙者の友人に話すと、たまに共感されない。「全部うまいわボケ」と怒られる。たしかに全部うまかったらその友人みたいに1日1箱以上吸っているんだろうけど。

 

よく言われていたメリットとして、喫煙所のコミュニケーションがある。昔は会社の喫煙所で目上の人とフラットに話せたり、人事情報を聞けたりなんてメリットがあった。そう島耕作に書いていた気がする。たしかにサラリーマン時代、普段業務で絡むことのない副社長とよく喫煙室で談笑していた。でも今はそのメリットはほとんど享受していない。1人で吸うことのほうが多く、お得な情報を持っている人間と一緒に喫煙することがない。仮にそんな情強人間がいたとしたら、その人は非喫煙者の可能性が高いし、タバコなしでも話せる。

 

結局合理的に考えたらやめたほうがいいんだ、タバコは。でも人間合理だけで動くことはできないし、何事も合理的に意思決定している、しようと固執する人間には魅力がないし、つまらない人間だと思ってしまう。そんな人間、こっちから願い下げ。ちょっとだらしないほうが楽しい。合理から外れたところに人生の面白みがある、という最強の言い訳をひっさげて、僕は今日も黙々とモクモクするのだ。